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KAN/愛は勝つ

リリース 1990年9月1日

B面 それでもふられてしまう男(やつ)

 

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ここ数年、CDが売れなくなったと言われ、もはやCDはファンアイテムのようになってしまいましたが、1990年代はとにかくCDって売れていましたよね。 音楽を聴く方法が限られていたのもあるかもしれませんが、何百万枚、何十万枚と人々の手に渡っていたように思います。
90年代というと私は保育園~小学校に通っていたくらいの年頃だったのですが、当時のヒット曲はだいたい覚えています。 母が音楽が好きで、流行の曲をよくCDやカセットテープで聴いていたため、小さい頃から音楽は身近なものでした。

特に覚えている曲は、1990年に発売されたKANさんの「愛は勝つ」です。 ピアノの伴奏から始まる記憶に残りやすい前奏、覚えやすく口ずさみやすいサビは、広い世代に受け入れられ、大ヒットとなりました。
その後もいろんなアーティストがカバーしています。 私は当時4歳でしたが、この曲はよく聴いていたし、メロディーもすぐに覚えました。 私の記憶の中で、初めて最初から最後まできちんと覚えた曲でもあります。 母に「どの曲が好き?」と聞かれると、私は「愛は勝つ!」とよく言っていたと母も話していました。
私はカラオケが好きで、懐かしい曲もよく歌うのですが、最近ふと思い立って「愛は勝つ」を歌ってみました。 小さい頃こそリアルタイムで聴いていたから歌えたけど、今となってはどうだろう?とも思いましたが、勢いでチャレンジ。




すると、難なく歌うことができ、メロディーに迷いもありませんでした。 最近は全然聴いていなかったのに、覚えているものだなぁと我ながら感心しました。 曲名からしてポジティブですが、改めて歌詞も見てみると、すごく前向きで勇気をもらえるものですね。
やはり長年に渡り愛される曲というのは、それだけ人々の心をひきつけるのではないか、と思いました。 最近は切ない歌詞の曲も流行ったりしますが、ここまで前向きで楽しげな曲も少なくなったなぁと寂しい気もします。

 

 

こんなひとも歌っています。

 

 

新聞記事にも最近取り上げられています。

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「未来は明るくて楽勝気分だった大学生の頃。哀愁や戸惑いがないこの歌のストレートさが、当時の空気感を体現していた」(埼玉、47歳女性)、「毎日残業続きで土日も仕事をしていた頃の歌。ラジオをかけるといつもこの歌が流れていた。『明日も頑張ろう』と背中を押される感じがした」(愛知、66歳男性)。

 

一方、曲を作ったKANさん(53)本人は、必ずしも満足が行く出来ではなかった、とふり返る。

 


 

(ビリー・ジョエルのヒット曲)『アップタウン・ガール』のメロディーを意識して、『お前そりゃどう転んでもうまくいかないだろう』っていう知人の恋の話をモチーフに作詞した。『せめて歌の中ではうまくいけばいいな』って。曲が出来た時は、『うまくいった』と思ったんですが、歌詞をつけたら、曲のストレートでクリアな感じがぼやっとなっちゃったなあって……」

 

当初は1990年7月に発表されたアルバムの一曲に過ぎなかった「愛は勝つ」に、まず光をあてたのが大阪のラジオ局「FM802」。開局から1年の同局に、番組を問わず流しまくるヘビーローテーションに選ばれたことが、9月1日にシングルとして発売されるきっかけとなった。

 

これがバラエティー番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」(フジテレビ)のプロデューサー・小畑芳和さん=現・フジテレビKIDS社長=の耳にとまった。当時は30代半ば。番組で使う曲探しのため、新人を含めてCD・レコードを片っ端から聴き、異業種の人間と積極的につき合って、アンテナを広げていた男の直感は鋭かった。

  


 

「これからはピアノを弾く男が来るんじゃないかと思っていた。信じれば必ず最後に愛は勝つというストレートな歌詞も、バブルで浮かれていた時代の中で力強く響いた。あの曲は吉田拓郎さんがフォークで叫んでいたのと通じるものがあると感じたんです」

 

番組のテーマ曲に起用すると、売り上げは爆発的に伸びた。「フジが『楽しくなければテレビじゃない』のキャッチコピーを掲げるなど、テレビに勢いがあった時代。しかもゴールデン。メディアとしていい音楽を伝える役割を果たせたのかもしれません」と、小畑さん。

実は90年10月1日には日経平均株価が2万円を割り込むなど、バブルは崩壊に向かい始めていた。「こちらがコントロールできるものでなく、色んな偶然が重なって生まれた」(KANさん)ヒット曲だったが、年をまたいで売れ続けたのはなぜか。小畑さんは「何も信じられなくなった時代でも、ストレートさが通じたんでしょう」とみる。

 

KANさんはその後、強烈なヒットを持った歌手ならではの屈託を抱えた。「新譜を出してライブをしても、必ず『愛は勝つ』のことを聞かれる、複雑な気持ちの時もありました」

 

しかし、2002~04年、パリに留学して音楽活動を基礎から見つめ直すなど人生経験を重ね、今は別の感慨を口にする。

 

「多くの人が聴いてくれるというのは、やっぱりありがたくてすごいことなんですよね」

人々に愛された歌は、必ず最後に勝つ!!

 

■酒の席でもピーヒャラ

「ピーヒャラピーヒャラ」と人を食ったような歌詞で、日本レコード大賞ポップス・ロック部門など90年の音楽賞を席巻したのが「おどるポンポコリン」だ。フジテレビのアニメ「ちびまる子ちゃ」のエンディングテーマだった。

  


 

織田哲郎さん作曲の軽快なメロディーは、カラオケで盛り上がる曲として愛唱された。「酒の席は無礼講だといって、上司のご機嫌取りもせずに、この歌だけを何度も何度も歌っていたヒラ後輩が、今や社長となって世界経済を論じている。私は別の上司を怒鳴って、即、子会社へ飛ばされたが」(東京、78歳男性)

 

今も日曜午後6時には、テレビからこの歌が流れる。「子どもにとって不朽の名作。娘の学校や、職場でもよく歌われ、今は孫が保育園で歌って踊っている。長く人に愛される曲なんだなと思う」(島根、55歳女性)

  


 

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